2021年10月31日
最終更新: 2022年2月13日
診断編、事前準備編に続いて、今日は手術当日と術後の様子について。
治療体験記は、同じ症状を抱える人や、これから手術を受ける人にとって非常に参考になる。治療結果は人それぞれだが、どんな治療を受けるにせよ、ある程度治療の流れを予測できる方が心にゆとりができる。
というわけで、今日も誰かの役に立つことを願って詳細を書いていく。
手術日当日。
全身麻酔下なので絶飲食で茅ヶ崎の自宅を出て、クリニック最寄りの東京駅に朝7時半に到着。その日はたまたま気温が低めでさほど暑くなかったが、真夏だと何も飲まないで移動するのは結構きついかも。
東京駅でお昼ご飯を調達した。
麻酔から醒めたあと、飲食できることを確認してから退院許可が下りる。
クリニックは食事を用意してくれないため、各自持参しなければならない。
駅弁の中から美味しそうなものをじっくり選んで購入した。
8時、クリニック着。
すでに4人先着がいた。全員男性だった。みなさん、心なしかちょっと顔がこわばっていた。
順番に呼ばれ、個室に案内され、患者衣に着替えて待機。
看護師による健康チェック後、麻酔医、主治医が交互に挨拶に来た。
医師から「一緒にがんばりましょう!」と言ってもらえたのは嬉しかった。
9時頃、徒歩で手術室へ。
手術台に横たわり、点滴の針がささりマスクをつけられて即、意識不明。
遠くで名前を呼ばれて目が醒めた。
眠っていたのは一瞬に感じられた。
僅かに鼻から息が吸えたので、手術はまだこれからなのかと一瞬勘違いをした。
あまりはっきりは覚えていないのだが、10時半頃に個室に移動した。
目が醒めてからは眠れなかった。
ちょっと話はそれる。
全身麻酔を受けたのは人生2度目。
1度目は28年前、中米在ホンデュラス日本大使館赴任時に急性虫垂炎を発症し現地の病院で手術を受けた時だった。
麻酔から醒めたとき、手術に立ち会ってくれた大使館駐在の医務官と同僚が心配そうに見守ってくれていた。
「気分はどう?」ときかれ、咄嗟に
「お腹がすきました」と返事してしまい、笑いを誘ったのを憶えている。
そこまではよかったが、身体が鉛のように重く、暫くその状態が続いてつらかった。
翌日だったか、翌々日だったか、ちょっと思い出せないのだが、看護師に促され、室内にあったシャワー室に連れていかれた。うまく身体を動かせなくてサンダーバードみたいにカクカクと歩き、看護師さんが立ったまま全身に石鹸をつけて洗ってくれた。頭はしゃきっとしているのに、首から下は分離しているみたいだった。
全身麻酔は目が醒めたら終わりではないと知った。
話は日本に戻る。
看護師さんが来て退院後の鼻のガーゼのあて方を教えてくれた。
血液や浸潤液が出てくるのでガーゼで受け止める。
何故鼻で息ができるのか質問したところ、
「ドクターが通気性の良いタンポンを使用してくれたんだと思います」と言われた。
なるほど、これはありがたい。
なんとか一週間凌げそうだと、少し安心した。
まだ頭がフラフラしていたが、看護師さんから食事してみましょうと言われ、買っておいたお昼ご飯を食べ始めた。
たしか、12時はまわっていた。
上あご全体が麻痺していて、まるで熱いものを食べて火傷したような感じだった。
噛む動作が億劫だし、口の中が変だし、鼻が塞がっているので味も良くわからない。美味しそうなものより、あまり噛まなくてもよいシンプルなものを選ぶべきだったと後悔した。
その後主治医が来て「手術は成功しました」と言ってくれた。嬉しかった。
タンポンのことを確認したら、
「もし鼻の奥に大きな瘡蓋ができてしまったら意味がなくなってしまうんですけどね」
と言われてまた少し不安になった。
とはいえ、無事に手術が終わって安堵した。
上あごの状態を伝えると、「その症状は約3週間~2か月くらいで治りますから大丈夫です」とのこと。
そんなにかかるのか...
13時くらいに夫が到着。
退院許可が下りて、会計手続きが終わるまで部屋で待機し、14時前にクリニックを出た。
帰路はずっと眠り続け、気がついたら自宅だった。
家に着いてからもひたすら眠り続けた。
背中にビーズクッションを敷いて斜めの状態にすると息が吸いやすかった。
まともに起き上がれるようになったのは4日目くらいだった。
正直、日帰りではなく1泊でも入院の方が身体にも家族にも負担が少ないかもしれないと思った。
少しずつ台所に立ち、料理できるようになったが、味覚が麻痺しているので味見ができず、家族は美味しいと言ってくれるのに自分だけ何も感じなかった。
食事は味がわからないと楽しくない。
幸い、熱はでなかった。出血もガーゼに滲む程度で済んだ。オリエンテーションで大出血の可能性があると一緒に聞いていた夫は車中にも枕元にもバスタオルを用意してくれていたが出番がなくてよかった。
痛みも3日後くらいには落ち着き、処方された痛み止めは殆ど飲まなくてすんだ。
声がかすれていたので一週間喉に負担をかけないよう極力話さなかった。
6日目の夜、それまで僅かに鼻から取り込めていた空気が殆ど入らなくなった。主治医の言っていた通りになった。
水中で息できずに溺れているような感覚になって、口呼吸も苦しくて殆ど眠れなかった。
7日目。詰め物がとれる待ちに待った日。
鼻の奥深くまで詰めてあるガーゼを取るのは猛烈に痛いという体験談を読んで不安はあったが、漸く口呼吸から解放される嬉しい気持ちの方が勝っていた。
その日は主治医ではなく別の医師が対応してくれた。
逐一説明しながら進めてくれた。2月に受けた外科手術の時もそうだったが、何をやっているのか医師が実況中継してくれるととても安心する。
鼻に塗る局所麻酔のおかげか、拍子抜けする程痛みは殆どなかった。
全て取り終わったとき。
サーっと空気が入ってきた。
その時の感動と幸福感は一生忘れられないだろう。
画像を見せてもらった。鼻の通りはしっかり拡がっていた。
その後、何度も瘡蓋ができては取れるを繰り返して、もうすぐ2か月になる。 まだ時々鼻の奥が詰まるが、ティッシュは必要なく、息を沢山吸える悦びを日々噛み締めながら生活している。
呼吸の爽快さを52年目にして初めて知った。
心なしか、前より疲れを感じにくくなった気もする。
あと、何かトラブルが発生しても、あまり胸がドキドキしなくなった。ドキドキするのは性格の問題だと思っていたが、もしかしたら酸素不足だったのかもしれない。
上あごの不快感は医師が言っていた通り3週間くらいで消褪した。
恐れていた共鳴は...
親しい人々から
「低音が響くようになった」
「顔の前から声がまっすぐ伝わってくるようになった気がする」
と、言われた。たしかに自分でも話していてそんな感覚がある。
おそるおそる歌の練習も再開したところ、以前より声が出しやすくなった。
これからも様々な症状が改善していくかもしれないので明らかな変化を感じたら追記していきたい。
手術に踏み切って本当によかった。
🍀赤ちゃんショコラの発掘写真シリーズラストはスフィンクスバージョン💕
ショコラの写真のおかげで手術の不安が和らいだ🥰