• MIDORi

ハンドケアセラピストの、MIDORiです

元々、自分自身を表現する場を求めて歌を始めたわけですが、音楽活動を進めていくうちに私の声で癒されるというお声を多数いただき、徐々に自分の役割というものを認識していきました。

去年の暮れ、まだコロナ禍が始まる前から、音楽活動に加えてもっと近い距離で一人一人と丁寧に向き合って相手を癒すことができないだろうかと漠然と考えていました。


アンテナをはるとすぐにキャッチするものです。


ある日、新聞の折り込みチラシの中からカルチャーセンターの「ハンドケアセラピスト講座」のタイトルがバーンと目に入り、あ、これだ、と思いました。


丸一日受講すると、商業目的ではないことを前提とした資格認定証がもらえると説明がありました。家族や友人、ご希望があればレッスンを受けにこられる生徒さんやファンの皆様にハンドケアしたいと思い、すぐに申し込みをしました。


ちょうどショコラが亡くなる1週間前、これまでブログに度々登場してくれた親友のYちゃんがうちに遊びに来て、話の流れで講座の話をしたところ、Yちゃんも「受講したい」と言い、その場で電話申し込みをしました。偶然1枠キャンセルが出た後だったそうで幸運にも一緒に受けられることになりました。


その時のYちゃんの来宅は後から思うとまるでショコラにお別れをしに来てくれたかのようでした。

抱っこ嫌いのショコラを是非抱っこしてみたいというYちゃんのたっての願いを叶えるべく、ここ一番!の「チャオチュール」を使って記念撮影をしました。

Yちゃんの許可を得て掲載します。

見ていると幸せになる一枚です。


ショコラがうちに来て間もない頃、離乳食をうまく食べれなくて顔も胸も汚れていたショコラを「可愛い~~💕」と言いながら写真を一杯とってくれた優しいYちゃんはその後もずっとショコラを気にかけてくれていました。 あの日、Yちゃんが言ってくれたことがずっと心に残っています。

「(娘の)Mちゃんとショコラちゃんがみどりさんを見るとき同じ顔をしているんですよね」

娘とショコラの顔が似ていると言われたことはありましたが、「私を見るときの顔が似ている」と言われたのは初めてでした。

その言葉を思い出すたびに、ショコラも私の娘だったんだと実感させてくれます。


一週間後、ショコラが急逝したとき、夫の後に電話したのはYちゃんでした。

Yちゃんはちょうど仕事で東京に出ていて駅に着いたところでした。

電話口で号泣する私を優しくなだめてくれました。


ハンドケアセラピー講座はその翌日だったので、「残念だけど、とても講座を受けられる精神状態ではないから私はキャンセルするね。ごめんね」と言って電話を切りました。


しかし、家族が揃って、火葬の段取りを決めてショコラとあと4日間一緒にいられることになった時、気のせいかもしれませんがショコラが「お母さん、キャンセルしないで」と言ったような気がしました。講座を受けて疲れきった家族を少しでも癒したいし、最期に立ち会えなかった家族にショコラとのお別れの時間をゆっくり持たせてあげた方がいいのかもしれない、それに、哀しみをわかってくれるYちゃんにも会いたいと思い、悩んだ末に予定通り講座を受けることにしました。


たまたま二人講師が入られて、午前中の講義は昭和大学医学部講師の佐々木晶子先生が担当され、医学的なお話からご自身のプライベートな体験まで貴重なお話を伺うことができて、すーっと心と頭に入っていきました。


お昼は二人でお弁当を買って外のテラスで食べました。

「写真とりましょう!」と言って撮ってくれた一枚です。 Yちゃんの優しさが身に沁みました。

午後は早速実践です。受講生がお互いに何度もマッサージし合って手技を体得していきます。次第に凝り固まっていた身体と心がほぐされていきました。


晴れて認定証をいただき、ハンドケアセラピストになれました🍀


25日、ショコラを見送った夜、家族にハンドケアをしました。 夫は力づくの痛いマッサージが好きなので物足りないようでしたが、手のひらを密着させてやさしくなでる「エフルラージュ」の手技は気持ちよいと言っていました。 娘は終わったあと「気持ちいい~、おかあさん、一日受講してくれてありがとう~」と言ってくれました。

あの時ショコラの声に従ってよかったです。


講座を受講して一番よかったと思えたのは、マッサージを通して「あなたを大事に想っていますよ」という気持ちを相手に伝えることを学び、ひいては自分自身のこともに大事に想えるようになったことです。歌も同じで、聴いて下さるかたを癒してきたのは決して一方向ではなく、自分のことも癒していたことに気がつきました。


もっと一杯練習したいので、ハンドケアをご希望のかたはぜひ声かけてくださいね🍀