• MIDORi

親友との別れ(長文)

先月末、大事な友がこの世を去りました。

この二か月近く、私の心は荒波の中にいるようでした。

死を目前に控えた大事な人に寄り添うのは今回が初めてではありませんでした。

2011年、2012年、続けて最愛の両親を看取りました。

思い返すと、両親は最期まで生を意識していたと思います。

特に父は自分が死んだあとのことを考えるなど縁起でもない、という感じでした。

一方母は父よりは冷静でした。全てではありませんでしたが、肝心な点で自分から動く行動力がありました。

友は、自分が旅立ったあとのことを微に入り細にわたって考えていました。

葬儀は行うか否か。

お別れ会はどのように執り行うか。

誰に弔辞をよんでもらうか。

お墓はどこにするか。

常に来るべき死を、冷静にみつめていました。

彼女が亡くなる直前まで綴っていたブログです。

http://ameblo.jp/michela23/ 友人は、自身のブログに書いている通り、裕福な家庭に生まれながらも、両親の離婚によって波乱万丈な人生を歩みます。

厳しい家庭環境にありながら、彼女を彼女たらしめたものはなんだろうかと私は考えました。

「教育」と「知性」から生まれる「理性」だったんじゃないか、それが私の結論です。

病気のこともそうです。

理性によって、彼女は困難を受け入れられた。

弔辞をお願いしたいと頼まれたとき、私は頭の中が混乱してどう受け取っていいか、正直わかりませんでした。

そして、鶴を折り始めました。

最初は、彼女からとにかく病魔を取り去って欲しいという願いから、

次第に、「生きるなら健康に生きたい」という彼女の意志にやっと心を向けることができ、尊重しようと思うようになり、鶴は、「その時」がきたら、彼女を守りながら共に天高く飛び立って欲しい、という願いを込めて、 100羽ずつおるようにました。

10回来るから。 毎回そういいながら、100羽ずつ足していきました。

鶴を折ることは、彼女の覚悟を私も受け入れたよ、という意思表示でもありました。

結局5回目が最後となりました。

これまで私のことを護ってくれた思い出深い大事な天使に想いをこめて500羽目の留め具につけ、彼女の眠る棺に添えました。

400羽目を持って行ったのは亡くなるちょうど一週間前。

電話で、「アンジェリーナのモンブランが食べたい!」というリクエストをくれて、

お土産にもっていって一緒に食べながら3時間くらい、たわいない話をして過ごした楽しかったひと時。

「とても末期とは思えないでしょ」と言っていた通り、彼女は、気丈としていて実に生き生きとしていました。 彼女はいなくなってしまうなんて、信じられませんでした。

しかし、その時、は来てしまいました。

意思疎通がはかれれなくなったのは、彼女が亡くなるほんの数時間だけだったそうです。

本当に彼女らしい、実に見事な最期でした。

お別れ会の当日は、涙雨の降りしきる、さみしい一日でした。

悪天候にもかかわらうず、ゆかりのある方々が多く参列して下さったこと、彼女に代わって深く御礼申し上げます。

私は、彼女の望み通り、友人を代表して弔辞を読みました。

生前、彼女に「贈る言葉」として届けることのできたお別れの言葉です。

この他に、もう一つ、病床の彼女へ私から贈った演奏のプレゼントがありました。

時間との闘いで、完成とは程遠い仕上がりでしたが、その時の彼女の心と私の心を繋いでくれた曲です。

一つは、You've got a friendd/Carol Kingを歌とピアノで。

一つはピアノでMy Big Secret。意識レベルが低下してから、彼女との約束を果たすために一番速く届けられると判断したFacebook上に動画を載せました。

ライブにも2度足を運んでくれた友。

音大を目指すほどのフルートの名手でした。

私の声はフルートの音色に似ていると言ってくれました。

何か、共通するものがあったのかもしれません。

「いい声だわー」といつも言ってくれていました。

最後の曲を送ったときも、「ダウンロードしてずっと聴いているよ!、みどりさんの声、すーっと入ってくるんだよね」

彼女の言葉を聞いて、これからの自分の進むべき方向を確信しました。

音楽が好きだった彼女の遺志を、私が継いでいこうと覚悟しました。