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脅威の影

今年の長崎の原爆記念日には、昨年のフランシスコ教皇来日のことを思い出していました。


教皇来日こそが、年頭に記した「2020年の抱負」でスペイン語に回帰したいと思ったきっかけでした。

日本滞在中に教皇が発せられた慈愛に満ちたお言葉一言一言が心に染み入りました。

懐かしいアルゼンチン訛りのスペイン語は、故郷の広島弁を耳にするときと同様、ほっとする感覚を与えてくれました。

直接言葉を理解できる幸せをかみしめ、もっとスペイン語に触れる機会を増やしたいと思わせてくれました。


私はキリスト教徒ではないので、基本的に宗教関連のニュースにはあまり関心はなく、加えて児童虐待のスキャンダルにまみれたカトリック教聖職者には幻滅するばかりで、2013年のコンクラーベは冷ややかな視線を送っていました。


しかし、ローマ教皇の来日が決まり、フランシスコ教皇の人物像そのものに興味がわき始めました。

昨秋、アンコール上映された映画「ローマ教皇になる日まで(2016年)」を観にいき、遅まきながら、フランシスコ教皇はアルゼンチン軍事政権時代(1976年-1983年)の生き証人だったことを初めて知りました。

映画には私が1992年ブエノスアイレス留学で知りたかったことが具に描かれていました。

反政府勢力とみなされた人々が弾圧で虐殺されていく中、擁護するべき立場の教会は一体何をしていたんだろうか、なぜ民衆を救えなかったのかとずっと疑問を抱いていました。


映画をみて、教会は一枚岩ではなかったことがわかりました。

保身しか考えていなかった聖職者と、抑圧される民衆を守るためなら武器をとることも辞さない聖職者がいて、反政府勢力とみなされれば、たとえ聖職者でも暗殺されていました。


ベルゴリオ(フランシスコ教皇)はどちらとも一線を画し、直接的な政府批判は避けながら、時に中立的立場で大統領へ行方不明になった神父や親友の娘を解放するよう要求し、時に命の危険に脅かされている人々を秘密裏に教会で保護し水面下で亡命の手助けをしながら守ろうとしていました。


私が学生の頃は、もし自分があの時代に生きていたとしたら、言論の自由と人間の尊厳を守るために命をなげうってでも反政府勢力に加わり戦っていたかもしれないと考えていました。チェ・ゲバラの生き方にも解放の神学にも共感していました。


しかし、仕事で中米ホンデュラスに赴任したとき、治安の悪い同国で女性が一人暮らしをするにあたって自己防衛のため法的に銃を保持することも可能だと聞いたとき、即座に拒絶反応を示しました。自分はやはり武器で誰かを殺めることはできないと強く認識し、学生の頃の考えを改めました。武器に頼るのではなく防犯対策の強化を選択しました。

その時の心境を、あるワンシーンを見て思い出しました。

ベルゴリオが教会にかくまった青年に「いかなるときも人を傷つける手段に訴えてはならない」と説教するシーンでした。

教皇は、たとえ民衆を守る大義があったとしても武力に頼ってはならないことを当時から一貫して訴えておられたんですね。

広島訪問時「核を保有すること自体が"INMORAL"(不道徳)である」と強く非難されたお言葉はキリスト教義だけに基づくものではなく、ご自身の凄惨な体験も合わさって発せられた魂の訴えだと思いました。


ここで話題を香港に移します。

今、香港でまさにかつてのアルゼンチンの暗黒時代が繰り返されようとしています。

中国政府により香港の人々の言論の自由が奪われています。


先月、中国の影響力はローマ教皇庁にまで及んでいる疑念がもたれる出来事がありました。


先月5日にバチカンで行われたフランシスコ教皇の講話で、事前にプレス用に配られたスピーチ原稿には香港に関する言及があったにもかかわらず、実際のスピーチでは削除されたというニュースが世界中をかけ巡りました。


ローマ教皇庁は削除理由を明らかにしなかったため、「中国政府から圧力を受けたのでは」など、様々な疑念が広まっています。


その中で、私が最も有力ではないかと思った説を紹介します。

スペインの日刊紙「EL MUNDO」より


~ La nueva Ley de Seguridad Nacional está la colusión con un país extranjero o elementos externos para poner en peligro la seguridad nacional. Por lo que unas palabras consideradas críticas por Pekín del Papa podrían ser interpretadas como una intromisión a sus asuntos internos y podría causar problemas a la iglesia de Hong Kong.


「新しい香港国家安全維持法では、国の安全を脅かす外国との共謀や外的要因も対象になるとされていることから、フランシスコ教皇の中国への批判的な言葉が内政干渉と捉えられ、香港の教会に問題を生じさせる可能性があると判断したからなのかもしれない」

世界中の誰よりも香港の人々の苦しみを理解しているはずのフランシスコ教皇でさえ、中国に対しては自由に発言できない状態であることは確かです。


中国の動きは世界の脅威です。

まず香港から反政府派を一掃したあと、世界のパワーバランスを徹底的に変えようとする動きに出てくるかもしれません。


正体がわからないもの、不明確なものに恐れを抱くことを揶揄し非難する人がいますが、

そういう人は限られた地域しか知らない視野の狭い人か、もしくは社会に嫌気がさして自暴自棄になっているかのどちらかだと思います。


正体がわからないからこそ今できる対策を最大限考えておくべきではないでしょうか。